2014年1月11日土曜日

『永遠のゼロ』



映画「永遠のゼロ」を観ました。作品に戦争というものを含む以上中立を保つのはとても難しく、そのバランスが「風立ちぬ」はとても上手かったのだなあと思いました。何年か前に百田尚樹の原作は読んだもののあまり内容は細かく覚えていないこともあり、原作は関係なく映画単独としての感想を少し書きます。内容についての記述がありますのでこれから観るという方はご注意願います。


まず、三浦春馬演じる健太郎とその姉の必要性がほとんど感じられませんでした。彼は映画のストーリーの中では宮部に並ぶ主人公でありながら、部外者感があまりにも強すぎる。彼の感情を介入させることでむしろ話の深みが削られている。というのも、主題である宮部久蔵(岡田准一)と彼の間に具体的な関係性が存在しないのです。単に孫であるというだけ。宮部は戦死しているので当然ながら彼らの間に面識はなく、例えば写真であるとか直筆の記録であるとか、そういう遺品を健太郎が手にしたわけでもない。司法浪人である健太郎が宮部について調べ始めるのは、フリーライターである姉にアルバイトとして手伝うように言われたからです。そしてその姉の動機も、戦後60周年記念にパイロットだった祖父についての本を出版したら売れるのではないかという不純なものなのですよね。そんなわけで、この姉弟が宮部の話に対してとるリアクションがとても不自然に見える。客観的に彼らの感情を追うと「ネットで検索して出てきた戦友会に手紙を送って、返事をくれた人たちに話を聞きに行ったら、私たちの祖父を褒めてくれてなんだか嬉しい」の域を出ないような気がするのです。(ついでに、当初の目的は「本の出版」でありライターを本職とする健太郎の姉が、話を聞きながら一度もメモをとったり録音したりしなかったのが少し気になりました。)

それから、戦時中の愛や友情やプライドなどといったものをすべて現代の価値観で解釈してしまったこと、それが一番残念でした。これはまた、姉弟の存在が余計だったと感じさせた最大の要因でもあります。宮部が妻に「必ず生きて帰ってきます、腕を失くしても、足を失くしても、例え死んでも生まれ変わってあなたのもとへ帰ってきます」と言ったという話を聞いて、健太郎の姉が「祖父は妻と子どもを愛していたのですね」と言うのですが、そんなことは言わなくて良かったと思うのです。単純化。あまりに短絡的。話をした井崎という老人が「あなたたちの言葉で言えばそうかもしれませんね」と返しますが、そこにある全肯定ではない理由に彼女は気付きません。時代が変われば、特に戦時中と今では、社会背景が違い、環境が違い、人々の間に共有されている道徳も美徳も違い、当然同じ言葉でも含むものが変わります。それを彼女のこの一言が全て殺してしまった。単に夫婦愛や親子愛を描きたかったのなら良いのかもしれませんが、零戦や特攻を映画の中心に据える以上それはリスクが高すぎます。

また、結局宮部の特攻についての記録は何も残っておらず、且つ誰の記憶にも残っていないのに、最後のシーンでは健太郎の妄想(というと聞こえが悪いですがそういうほかない)で宮部の敵母艦への特攻を成功させるのです。ここまでは誰かの記憶であったのに、急に完全なフィクションになってしまう。しかも戦友たちではなく、毎日をだらだらと過ごす二十六の司法浪人の妄想。ちょっと、何か、それは違うだろう。彼の中で組み立てられた祖父の理想像に過ぎないものを、よりによってラストシーンにするなんて。ここでの岡田准一の表情が素晴らしかっただけにもったいないなあと思いました。


しかし、戦時中のシーン(つまり回想録)はとても良く出来ていたと思います。宮部が特攻の前衛に失敗し、教え子たちが敵機にたどり着く前に撃ち落とされてしまったことを、犬死にすべき人間ではなかったのだと景浦に訴える場面。宮部の気迫も、ライバル視していた宮部に(おそらく)同情を感じた景浦のうろたえる表情も素晴らしかった。何度も涙を誘われました。

どうしても「風立ちぬ」と比較してしまいますが、この時期に公開したのだから制作側もそれは理解しているのでしょう。今回映画を一緒に観た人が、「風立ちぬ」はあれ以上飛行機愛を描くと戦争賛美のようになるし、かといって戦争についてあれ以上触れないと次郎の飛行機愛が伝わらないので、そこのバランスがとても上手くとれていたと話していたのですが、まさにその通りだと思います。バランス。戦争、非常に難しいテーマです。それを主題にせずとも、持ち出した時点で何かしらの強いメッセージを発してしまう。「風立ちぬ」は次郎が戦争についての見解を語らないことで、ある意味上手く逃げていたのだろうと思います。何か語れば、どうしても矛盾を孕んでしまう。彼はただ飛行機を愛していた。それで良いのです、とても美しい映画でした。

まわりの友人たちは「永遠のゼロ」を絶賛している人が多いので、このようなことをブログに書くのは躊躇われたのですが、私の感想としてはこのような感じでした。
このブログ、私のツイッターからのアクセスがほとんどなので、bioにこっそりアドレスを載せているだけなのに意外と見ている人が多いことに驚いています。もし良かったら、読んでいるよと教えてくださいな。

(写真:一月上旬、神戸市内にて撮影)