2014年9月28日日曜日


箱根の、川沿いにある旅館に宿泊した。

夕食を終え、私は大浴場で髪とからだを洗い、ひとりで露天風呂へ向かった。
私以外には誰もおらず、とても開放的で薄暗くライトアップされた浴室からは、木々のざわめきと風の音、そして川のせせらぎが聞こえるばかりだった。
私はこの歳になっても暗いところが苦手で、ともすればそのまま飲み込まれてしまいそうな暗闇にひとりで足を踏み入れることができなかった。困ったなあ、他に誰か来ないだろうかと思って浴衣に手をかけたままぼんやりと立っていた。

しばらくすると、髪を短く切った、私より二つか三つ年上に見える女性が入ってきた。
彼女は私と同じ柄の浴衣、それから黒いレースのランジェリーをばさばさと脱ぎ捨てて、足早に露天風呂へと向かっていった。私も、今来たばかりのような顔をして彼女の後を追った。

冷たい風に吹かれながら浸かる熱いお湯はとても気持ちがよく、水の反射と月明かりに照らされた自分の脚はいつもより美しく見えた。
彼女は私の前方に座り、お風呂の縁に置いた手に頭をのせて月を見上げていた。私は彼女の真っ白な背中を見つめながら、私ももっと端へ行って月を見たいような、けれど横に並んでしまったら変なやつだと思われてしまうだろうかなどと思案していた。

森からやってきた風が私の頬を冷やした。

彼女は立ち上がり、こちらを振り向いた。そして彼女の口から流れ出たのは想像していたよりも落ち着いた声だった。
「綺麗ですね」
突然のことに私は驚き、「ええ」と答えるので精一杯だった。

彼女はにこりと微笑むと、来た時と同じように勢いよく服を身に着け、ひらりと消えてしまった。

私は彼女のいた場所まで進んで、ぼんやりと輝く上弦の月を見上げた。

女性の美しさの意味を、理解したような気がした。