3月16日から約一週間、モスクワへ行ってきました。
日露青年交流センターによる派遣プログラムで、日本全国から大学生100名が参加しました。せっかくなので(?)、滞在中の日記を載せます。
頭注
・МГУ(エムゲーウー)モスクワ国立大学
・ГЗ(ゲーゼー)モスクワ大の学生寮
・Медиа Маркет(メディアマルケト)大学のそばのショッピングモール
3月16日
飛行機の到着が一時間遅れる。11時間のフライトはきつかったが、ひたすら寝ていたらどうにか着いた。隣の席の日本人男性が前の席のロシア人女性と喧嘩していてだいぶ迷惑を被った。アエロフロートはS7よりはずっと綺麗で、乗客は私たち以外はほとんどロシア人だった。飲み物の注文をロシア語でしたら、一言なのにCAさんに喜ばれた。嬉しい。到着してからは、20人近いメンバーの荷物が届かず、シェレメツェヴォ空港で足止めを食らう。かなり体力を消耗していたので立っているのもやっとだった。ようやくГЗについたのは22時半で、日本時間だともう夜が明ける時間なのでさすがにきつかった。少なくともここ数年で一番体力的にこたえた気がする。体力的な疲れのせいもあるだろうが、とても寂しいし既に日本に帰りたい。というか湯船に浸かりたい。
大学の友達が今日までГЗにいて、明日の朝ペテルに発つというので会いに行った。元気そうで良かった。日本でしていたのと同じように、なんだかよく分からない話をしていたら元気も出てきた気がする。友達は偉大だなあ。
3月17日
バスでモスクワ市内を観光した。Весна не за горами(春はすぐそこ)という雀が丘に最近突然現れたらしい巨大モニュメントが気に入った。しかしまあ気温は氷点下なのでたぶん春はまだこない。アヴァンギャルドのあのкнигиポスター風に写真を撮った。気に入っている。
ロシア語の教科書を読んで自分の頭の中に作り上げていたモスクワの地図が、色を得て形を得ていくのはとても楽しかった。点と点が繋がって線になるってこういう感覚だろうなと思う。МГУの学生が学内を案内してくれたが、あまりに広いので疲れた。大学というか一つの街だ。ロシア人はなぜあんなに足腰が強いのか。
17時から講堂でのジャズコンサートへ行った。チェロ二人とピアノ、エレキギター、ドラムという構成で、この中にエレキギターが馴染めるものなのだなあと感心してしまった。音楽のことは全く分からないけれど。チェロのおじさんが熱心に曲の説明をしてくれていたが、半分以下しか理解できなかった。如何せん音楽分野の語彙が少ない。せめて受動語彙は増やさないといけない。しかし音楽は言語の違いなどを考えずのんびりと楽しめて良かった。楽器ができる人は素敵だと改めて思う。
夕食後Медиа Маркетの中に入っているАшанというスーパーへ行き、祖母へのお土産にマトリョーシカを買った。ナイーブや洗剤のアタックなんかが700ルーブル(約2100円)で販売されていた。パッケージもそのままだしどう見ても転売だが、Made in Japanなんて書かれてブランドイメージで売るような販売の仕方だった。日本の洗剤がロシアの硬水で実力を発揮するのかは謎だ。ともあれ、現金をほとんどUSドルで持ってきていてまだ両替出来ていないので、早く銀行を見つけたい。
3月18日
1624教室でМГУについての講義があった。アジアアフリカ学部の学生が日本語でやってくれた。木製の講堂はとても素敵だったし、机に相合傘の落書きがしてあるのを見てなんだか微笑ましくて笑ってしまった。こういうのは万国共通なのかな。
講義のあと、28〜24階にある地球博物館を回った。そこの職員がガイドをしてくれ、ボランティアのロシア人学生が日本語通訳をしてくれたのだが、如何せん話の内容がツンドラ地帯の形成についてとかなので単語が分からず困っていたようだった。事前に内容を教えてあげればいいのになあ。私は巨大な斜方硫黄の標本を見て、硫黄はсераというのか〜なんて思いながら見ていた。この博物館が果てしなく広く、私を含む女子メンバーが数人脱落して部屋で休むことに。
一時間程度の休憩後、トレチャコフ美術館へ。何人か気に入った画家の名前を控えたので、本屋に行く時間があったら画集みたいなものを探したい。特にПукирев В.В.の《Неравный брак(不平等な結婚)》とКрамской И.К.の《Неизвестная(見知らぬ女)》、《Лунная дочь(月の娘)》は素晴らしかった。『見知らぬ女』は見たことある人多いのではないかな。ロシアにそういう文化がないのか、そもそも日本特有の文化なのか分からないが、あまり絵のポストカードを売っておらず、気に入った絵は一枚もカードになっていなかったので美術館の図録を買った。装丁も立派で解説のページも素敵な図録なのでとても気に入っている。売店のおばちゃんに「ロシア語で書いてある方(英語版もあった)の画集をちょうだい」と言ったら隣にいた引率の教授に「Русская версия(ロシア語版)と言えば済むでしょ」と言われてしまった。厳しい。версияという単語を知らなかった。生活に必要な語彙が全く足りない。
グループの友達が昨日知り合ったという、МГУに留学中の早稲田の先輩にАшан方面へ連れて行ってもらった。最近Университетにできたばかりの丸亀製麺で夕食を食べた。毎日食事をしている学食が、食べられないほどまずいわけでもないが決して美味しくもない食事しか出されない(しかもメニューがほとんど変わらない)ので、うどんが感動するほど美味しく感じられた。ロシアン寿司もでていたが、米は日本米だし、うどんや出汁も全部日本から輸送しているみたいでとにかく嬉しかった。緑茶も飲めた。店内の電化製品もみんな日本製だった。みんなで延々と記念撮影をしていたら隣の席のロシア人女性に笑われてしまった。(一応「嬉しすぎてつい…ごめんね」みたいな釈明をしたら「いいのよ続けて」と言われた。笑う。)まだ日本を出て二日や三日しか経っていないなんて信じられない。そういえば大学のそばのСбербанк Россииで両替ができるらしい。気付くのが遅すぎる。明日にでも行きたい。
3月19日
バスでクレムリンへ行く。−5℃の吹雪の中屋外視察はさすがに笑うしかない。昨日かなり暑かったので今日は帽子を被らなかったのだが失敗だった。そもそもモスクワに手袋を持ってくるのを忘れた。寒すぎてカメラのシャッターが切れない。午前中はとにかく寒かった記憶しかない。本当に凍死するのではないかと思った。ムートンブーツを履いていたことだけが救いだった。ありがとうUGG、ださいなんて言ってごめんね。
そういえば7歳くらいの子どもたちが、私たちが寒い寒い言うのを真似して「サムイー!サムイー!!」と言ってた。可愛かった。もっと良い日本語を覚えてほしかった。12歳〜くらいの集団もいたのだけど、やたら私たちの写真を撮るし、手を振ってくるし、彼らはモスクワの子ではないのだろうか?日本人、というかアジア人ってこの辺でもそんなに珍しいものだろうか。動物園の展示動物になった気分だった。しかしみんな好意的で良かった。
19時から理系学部の学生が私たちのためにクラシックコンサートを開いてくれた。ショスタコービチも一曲演奏してくれた。意外とフランス人作曲家の曲が多かった。私はクラシックはバレエ音楽しか分からないので、帰国したらもっといろんな曲を聴きたいと思う。やはり知っている曲の方が実際の演奏を聴いた時の感動も大きい。物理学部棟はとても素敵だった。やっぱり木製の柱は良い。
だいぶ疲れが溜まってきたので早く寝よう。湯船に浸かっていないので足の疲れが全くとれない…
一時間程度の休憩後、トレチャコフ美術館へ。何人か気に入った画家の名前を控えたので、本屋に行く時間があったら画集みたいなものを探したい。特にПукирев В.В.の《Неравный брак(不平等な結婚)》とКрамской И.К.の《Неизвестная(見知らぬ女)》、《Лунная дочь(月の娘)》は素晴らしかった。『見知らぬ女』は見たことある人多いのではないかな。ロシアにそういう文化がないのか、そもそも日本特有の文化なのか分からないが、あまり絵のポストカードを売っておらず、気に入った絵は一枚もカードになっていなかったので美術館の図録を買った。装丁も立派で解説のページも素敵な図録なのでとても気に入っている。売店のおばちゃんに「ロシア語で書いてある方(英語版もあった)の画集をちょうだい」と言ったら隣にいた引率の教授に「Русская версия(ロシア語版)と言えば済むでしょ」と言われてしまった。厳しい。версияという単語を知らなかった。生活に必要な語彙が全く足りない。
グループの友達が昨日知り合ったという、МГУに留学中の早稲田の先輩にАшан方面へ連れて行ってもらった。最近Университетにできたばかりの丸亀製麺で夕食を食べた。毎日食事をしている学食が、食べられないほどまずいわけでもないが決して美味しくもない食事しか出されない(しかもメニューがほとんど変わらない)ので、うどんが感動するほど美味しく感じられた。ロシアン寿司もでていたが、米は日本米だし、うどんや出汁も全部日本から輸送しているみたいでとにかく嬉しかった。緑茶も飲めた。店内の電化製品もみんな日本製だった。みんなで延々と記念撮影をしていたら隣の席のロシア人女性に笑われてしまった。(一応「嬉しすぎてつい…ごめんね」みたいな釈明をしたら「いいのよ続けて」と言われた。笑う。)まだ日本を出て二日や三日しか経っていないなんて信じられない。そういえば大学のそばのСбербанк Россииで両替ができるらしい。気付くのが遅すぎる。明日にでも行きたい。
3月19日
バスでクレムリンへ行く。−5℃の吹雪の中屋外視察はさすがに笑うしかない。昨日かなり暑かったので今日は帽子を被らなかったのだが失敗だった。そもそもモスクワに手袋を持ってくるのを忘れた。寒すぎてカメラのシャッターが切れない。午前中はとにかく寒かった記憶しかない。本当に凍死するのではないかと思った。ムートンブーツを履いていたことだけが救いだった。ありがとうUGG、ださいなんて言ってごめんね。
そういえば7歳くらいの子どもたちが、私たちが寒い寒い言うのを真似して「サムイー!サムイー!!」と言ってた。可愛かった。もっと良い日本語を覚えてほしかった。12歳〜くらいの集団もいたのだけど、やたら私たちの写真を撮るし、手を振ってくるし、彼らはモスクワの子ではないのだろうか?日本人、というかアジア人ってこの辺でもそんなに珍しいものだろうか。動物園の展示動物になった気分だった。しかしみんな好意的で良かった。
19時から理系学部の学生が私たちのためにクラシックコンサートを開いてくれた。ショスタコービチも一曲演奏してくれた。意外とフランス人作曲家の曲が多かった。私はクラシックはバレエ音楽しか分からないので、帰国したらもっといろんな曲を聴きたいと思う。やはり知っている曲の方が実際の演奏を聴いた時の感動も大きい。物理学部棟はとても素敵だった。やっぱり木製の柱は良い。
だいぶ疲れが溜まってきたので早く寝よう。湯船に浸かっていないので足の疲れが全くとれない…